本の紹介『君たちは今が世界』

更新日:2021年3月11日


『きみたちは今が世界』

・朝比奈あすか 著

・KADOKAWA


「開成、海城、サレジオなど名門男子校で出題!」と、さまざまな場所で取り上げられた朝比奈あすか著「君たちは今が世界」。2020年度の中学受験国語で最も話題になった作品だと言っても過言ではありません。


物語の舞台は学級崩壊寸前の6年3組。いじられキャラの「尾辻文也」、中学受験を目指す優等生「川島杏美」、“問題児”とされる「武市陽太」、クラスの女王様と“親友”の「見村めぐ美」というふうに主人公が変わっていく連作短編です。


章ごとにひとりの人物を掘り下げることで、それぞれが抱える家庭事情、SNSや塾で見せる学校とは別の顔が丁寧に描かれてゆきます。

さらには登場人物たちが章を、時には年月をも超えて重層的に絡み合うことで、作品がリアリティを持って立ち上がっていくさまは圧巻。これぞ連作短編の醍醐味です。



では、各学校ではどんな場面が取り上げられたのでしょう。また、どのような問題が出題されたのか上記男子校の入試問題をちょっとのぞいてみましょう。

※「あらすじ」はネタバレにならないよう配慮しています。


どのような場面が出題された?

サレジオ学院中学校

自分の気持ちを言葉で伝えることが苦手な武市陽太。彼が一生懸命作ったくす玉を前田香奈枝が放り投げたことで、陽太はパニックを起こしてしまいます。


「武市がまた切れた」
「あいつ、頭おかしいから」

クラスの冷たい声と理由も聞かず叱る藤岡先生に、陽太は追い詰められます。


「先生、武市くんの言い分も聞いてあげませんか」

教室の空気を変えたのは、毎朝ラジオ体操に通う陽太を優しく見守っていた「麦わらさん」でした。……麦わらさんの正体とは?


開成中学校

カナ(前田香奈枝)は女子グループのトップに君臨する女王様。自尊心が強く、しかしそれが彼女の持つ”華”でもあります。そんなカナの「親友」めぐ美の視点からの出題です。

合奏会の楽器を決める場面でのこと。大声で采配するカナ、唐突に立候補し藤岡に叱られる武市、わざとかったるそうに振る舞うめぐ美。

結局カナとめぐ美、そして小磯利久雄まやまや(飯田摩耶)たちはアコーディオン組になったのですがーーかつてカナは小磯のことが好きで、しかし同時期に小磯はまやまやに告白していたという出来事がありました。

その頃、誰かから回ってきたトークアプリのスクショには小磯をじらすまやまやの姿が。


まやまや、終わったなー。

とめぐ美は思うのでしたが、意外にもカナはまやまやに優しく接するのでした。


海城中学校

杏美香奈枝は幼なじみ。保育園の頃から杏美はなんでもよく出来て、そして香奈枝は可愛かった。「かなちゃんは何にもできないんだよ」と反論する杏美に、杏美の母は、


ーーいいのよ。あれだけ可愛いんだから。
ーーあなたは不器量だから、しっかり勉強して、みんなの役に立つ仕事に就かなとね。

2人は小学生になり、秋の学芸会で上演する『白雪姫』の配役を決めることになります。

杏美は香奈枝に誘われて一緒に立候補、2人は白雪姫役に!

しかし翌日、昨日まで休んでいた飯田麻耶が、親を通じて白雪姫役に立候補したいと伝えてきたため役を決め直すことに。

じゃんけんで負けた香奈枝は、杏美に声をかけるのでした……。

 

興味深いのは、開成、海城、サレジオの3校とも出題箇所が重なっていないところ。

これだけでも、どの章も魅力ある作品であるかがお分かりいただけるかと思います。



入試問題は?

サレジオでは陽太の行動や気持ちの理由を問う問題、海城では比喩表現の意味を問う問題が複数出題されていました。


印象的だったのが開成の一題。「なぜカナはまやまやを攻撃しなかったのですか」。そうですよね……普通なら自分の好きな男子が他の女子に告白していたことが分かったら攻撃するよ。でも、カナはまやまやに優しい。そこを突いた問題でした。これ、分かった小6男子はすごいなぁ。


全体として、心情の読み取り、作者の意図、状況把握といったオーソドックスな問題が多くみられます。とくに心情の読み取りは重要です。「人の気持ちなんて分かんねぇ」では困りますから。


また、「皮肉」「強がり」「気づかい」といった、登場人物が本心とは裏腹の言葉や態度をとっている箇所は問題にされやすいポイントです。


「 甘ったるい食べ物を不意打ちで舌にのせられたような気がした」のように、作者独特の表現であるにも関わらず一度読めばそうとしか思えない見事な比喩表現が多い作品でしたから、そのあたりも狙われていました。



最後に、この本のおすすめポイント

連作短編だから長編が苦手な子でも読みやすい

連作短編は流行りと言ってもいいでしょう。一般的な小説でもこの形式がずいぶん増えました。


短編集だと頭の切り替えがいちいち面倒、長編だと言わずもがな忍耐力が必要です。

しかし連作短編は、短編でありながらも各章が緩やかに繋がっているため、アップテンポな展開と長編の読み応えが同時に味わえるーーそんなところが人気なのかもしれません。


人物の描き方が鮮やか

入試問題のところでも触れた通り、鮮やかな心理描写、リアリティあふれる会話、巧みな比喩など書き方にもぜひ注目して欲しい作品です。


ほんの少し先のことを教えてくれる

学級崩壊やスクールカーストなんて言葉は無かったけれど、私たちが子どもの頃にもたしかにパワーバランスは存在しました。今思えば些細なことでも当時は世界(すべて)だった。

今の子は、そこにSNSも絡んできて世界が広がるどころかかえって縛られる。

本当は家が、先生が助けになるはずなのだけれどーー不幸なことにそう上手くいかないこともあり、むしろ(意図しなくても)本人を苦しめることもあります。

しかし、実はいくらでも道があること、そんな世界は“そこ”にしかないこと、ほんの少し経てば自分で道を選べるのだということをこの本は教えてくれます。


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